越境のドライブ

午後の陽光が小高い山々を背後から照らし、文字通り後光が差している格好で、春霞も手伝って光のベールの中で山が天を突こうとしているよう。目を奪い、心も奪い取るような光景というのはほんの束の間で、大半はどうってことのない風に見える。あの一瞬が凄かったから、いま大したことなくとも信じられる。とすれば、その感じ方は極めて写真的ではないのかなあと思う。

今日は兵庫県まで車で行った。餘部も越えて香住の方まで行った。城崎までは行かなかった。車では初めてだ。私は車の運転があまり好きではないからそんなに長距離は移動しないが、最近は少しばかり運転するようになり今まで行かなかったところまで行ってみようと思っているしその報告をこのブログでもネタになるのなら書きたいと思う。ドライブなどなんのためにするのかわからなかったが、やってみるとなかなか爽快である。排気ガスを撒き散らし無駄な燃料代を支払うことになるけれど・・。私の場合、運転そのものは特に面白いと思わないが見たこともない風景に出会うのが好きになった理由である。なんのことはない、旅と同じである。旅に足は付き物だが、自家用車というのはありそうでなかった、私にとって。

想像してみて欲しいのだが、自分の住む場所から東西南北どのあたりまで地続きの場所として知っているのかと自問すると大体50キロから100キロであり、それはちょうど鳥取県内とその周辺ぐらいのもので案外狭い。人によってはスーパーやコンビニや会社がそのボーダーになっているかもしれない。ウェブはその限界を遥かに超えて地球規模であるがやはりモニターとは全然違う。煮詰まった脳みそを解放するには至らない(できるようになればいいけど)。たまには未知の世界へ身体ひとつで行ってみると活性化されて息を吹き返すような気分を味わえて、『やっぱこれだ』と思える。
doramukan

時間は重なり

今日は陽射しなく空は青っぽい灰色のままで風だけが草木を揺らし風景に変化をつけると同時にそれは時間の移ろいを感じさせた。
最近、時間のことを考えてしまうことが多い気がする。歳のせいだろうか、それとも単に暇だからだろうか。一日がとても早く過ぎ去っていくことが残念な気がし、何もできなかった自分を反省し、でもこうやって人生は終わってしまうものなのかなと半ば諦めを伴って泣き笑いのような複雑な気分で今日一日を締めくくる。

誰もが何もかもがベルトコンベアでエスカレーターで動く歩道でガシャガシャと流されているようなもので、その結果ひとつの歯車という部品を強制され、逆らおうものなら別の新しい部品にすぐ取り替えられ即座にゴミ箱行きだということも知っており、働くことは消耗品になることであり、大元の設計図に口を挟み異論を唱えることなどできるわけなく、機械仕掛けの組織化されたバベルの塔は天高く伸びていき、特定の誰かに責任などあるはずもなく取れるはずもなく、天災や人災や戦争といった大規模な破壊によって終わりを迎えたとしても、再度塔を建設し始めるだろう。

枯れ草が風に揺られている、それはやがて土に帰るだろう。草の一生と、たったいま風に揺られている枯れ草と、2つの異なる時間を思いつつ、本当は幾重にもなった長さの異なる時間が束になって層を形成して目の前に現れていると感じ取れたとすればこの世に生も死もなく、怖いものはなくなる。
畑の車

21℃の憂鬱

最高気温21℃。昨日の服装だと暑い。そして何よりも花粉の飛散が激しい。さっき外を走ってきたら、くしゃみと涙と鼻水が止まらなくなった。
花粉症はアレルギーであり、過剰反応だが何故治せないのだろう。命に別条はないから放ってきたのだろうか、それとも技術的に難しいのだろうか。地球の裏側とも通信可能で、宇宙へ行くのも珍しくもなんともない時代に花粉に悩まされていることがなんとも可笑しいが、花粉症の人にとっては笑えない話だ。付け加えれば冬用タイヤ(スタッドレスタイヤ)も道路が凍ってしまえば当然スリップするのであり、この宇宙旅行の時代に何をハラハラしつつ運転しているのだと、その落差というか次元の違いが激しくてタヌキから見た人間はいったいどのように見えるのだろうとわけのわからない想像をしてしまうのである。

要するに実生活においてはまだまだ自然の力に悩まされたり圧倒されたり影響されたりしながら、決して解放されて自由ということではない。過剰反応であるアレルギーは自然への過剰な敵対感情で、例えば土を汚いと思ってしまう心やそれを助長する環境にその原因があるのかもしれない。仮にそうならば、自然を制御(抑圧)すればするほどなんらかの病気に罹らなければならないことになる。皮肉である、なんかジブリ映画の結末のようである。
春の風車

今年もまた渓流へ

昨日渓流へ釣りに行った。車で舗装されていない剥き出しの山道へ入るとそこには雪が残っていて驚いた。もう何日も雪など降っていないのにここではまだ雪が足首が埋もれるくらい、深いところでは膝くらいまで白いカリカリの雪が居座っていたのである。本当に目と鼻の先では雪の面影すらないのに、ヤマメがいるであろうこのエリアにはどっさりとある。異界に迷い込んだかのような錯覚を起こしても不思議じゃない。怖いようでもあるが私はこういうのは好きだ。山には何か妙な雰囲気があると以前からずっと思っていた。それがなんなのかは未だにわからないことばかりだが、独特の時間が流れていることだけは確かだ。時間がずれているのだと思う。また、自分の呼吸や視覚と聴覚、歩く動作が鮮明に意識させられ、今まさに私はここにいるのだという充足感もある。

梅の花は満開には程遠いが群をなして咲いていた、熊笹は大量に整列して突っ立っているようだった、まっすぐな杉の木は天高く伸びてその隙間を太陽の光がチラチラと覗いていた。川に沿うようにして道はできており、これ以上ないくらい透き通った大量の水が流れる音が聞こえていた。進むにつれて雪はさらに積もっており歩くのに苦戦した。イノシシか鹿かわからないが足跡がたくさんあった。一頭が走り回っているのか数頭が道を横切ったのかはわからないが、雪の上に刻印されたこの情報がウェブ上の情報とは違い生々しく、血が通っていて嬉しい。なんとか川の方へ降りると苔むした岩や倒木が絶妙なバランスでまさに自然の配置で陣取っており、私には手の届かないこの偶然にしばし見惚れた。そして川を上り堰堤(滝になっているところ)へ辿り着き、深みになったところを狙って竿を振った。小さな小さなイワナが釣れた。

私は今日、釣竿ではなくカメラを持って再度ここへ来た。真剣に山を撮ってみようかと考えた。
渓流

我思ってもみないところに我あり

我思うゆえに我あり。あらゆる問題はこの一点に集約されるのではないかと車の運転をしながら考えた。私が知らない私はいないことになり、したがって視野狭窄になり他者のことは考えるだけ無駄である。この不自然さを指摘したのがフロイトの精神分析だった。私の一部分は抑圧され無意識側に追いやられており、神経症を生む。それはちょうど社会におけるマイノリティの悲鳴のようである。さらに環境問題とも一致するだろう。小さな局面と大きな局面の違いはあるにせよ同じことが起こっているのだ。地球規模で先進国を筆頭に大規模な神経症を患っており、治癒には向かっていなさそうである。まだまだずっと耐え忍ばなければならないだろうし、特に希望があるわけでもない。今までと反対の方角を向くことが一朝一夕でできるはずなく、今日も意味なく一日が終わる。

もうひとつ、心は共産党だという考えが浮かんだ。私は心は大切なものだと教わって育ったし、今でもそう思うが、振り返ればそれは左翼のことではなかったか。左サイドに対する情ではなかっただろうか。野党は政治の場では振るわないが、心という形で残り活躍していた。右と左は結構うまくやっていた、少なくとも今よりは。他方に対して謙虚になり、両立を目指さなければならない。無意識へ追いやられた私をどう扱えばよいのか私にはまだわからないが・・。
うどん屋

写真集<SCREENのこころ>発売

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写真にエフェクトをかけたり大幅にトリミングしたり色を変えたり組み合わせたり切ったり貼ったりして、いろんなことができるんだなあと感心しつつ楽しんでいた。同じ一枚の写真でも画像処理ソフトで手を加えればみるみるその印象は変わっていく。妙な言い方をすれば、その写真の中でもう一枚撮り直すような気分である。今までは被写体をどのように撮るかということばかり考えていたが、今回は写真そのものを考えるきっかけになった。モニターというスクリーン上に映し出される写真画像はどのように見え、それは何を暗示するだろう。

結果的に本の内容は画像そのものにほぼ手をつけず、スクラップブックに近いような、でもそうでもないような本になりました。興味があれば是非購入してみてほしい。
畑の垣

勝者 in ドラッグストア

ドラッグストアへ飲み物を買いに寄った。夕方だったから、仕事帰りのおばさんが数人店内で買い物をしていた。なぜかカップルもいた。取り立てて言うほどのことはないが、THE日常がキラキラと輝いて見えてしまった。おそらく当人たちは退屈であり忙しさに半ば狂わされているのだろうが・・。悲惨なニュースやぶっ殺したいという怒りを感じたり抑圧や虐待を毎日受けているも同然だったり、もうどうでもいいやと捨て鉢になったりしても今こうして存在しており・・・つまり勝者なのだ。そのことをもっと褒め称えてもいいじゃないかと思った。バッジやレッテルや肩書きに惑わされ、肝心の本体をないがしろにし、昔ブランド物のバッグを欲しがる女性を馬鹿呼ばわりした日本人はどこへ行ったのだろうと思う。お墨付きに弱いのかな。

店内は異様なほど明るく、棚に陳列されている商品のパッケージがピカピカ光っている。薬は当然だがトイレットペーパーや歯ブラシなどがメインで食品も少しあるといった説明はもはや不要だろうが、身体の快適グッズが山ほど売られている。うまくコントロールできないのはもはや人間だけだ。バッジで理解し合えるのならどんなに楽ちんか、今やバッジは無数に枝分かれし聞いたこともないヘンテコリンな名称になっておりその勢いが止む気配はない。

要するに、勝者とはバッジに勝ったのである。それが言いたかった。
踏切と笹

うるう年と転ぶこと

午後から雪が舞い、一朝一夕に春になるということはなく進んだり戻ったりしてジリジリと季節は巡っていくのだと実感し、”あいだ”のない私の記憶や思考を反省する。走り慣れていない人が走ると転ぶのは、走ることができると思っているが体がついていかないからだ。しかし走れないわけではない。イメージとしてはもっと軽快に走れているということなのだ。知らない人に限って物事を簡単に考え、イラつかされた経験は誰にでもあるだろう。現実はできないことばかりである。頭脳は純粋で排他的だと思う。

気付けば、今年はうるう年で今日がその余った1日である。サッカーW杯と同じくらいレアであり、もっと騒いでもよいのかもしれない。
考えてみれば不思議な1日である。また、2月はなぜ日数が少ないのかという疑問もある。ググってみたが大して面白くない答えだった。結局天体の動きや自然や宇宙の摂理はうまく整理できないということだろう。走っては転ぶことをこれからも繰り返すのだろうか、そしてどこへむかって走っていくのだろうか。転んで膝から流れる血を見ることで、イメージを超えて生きている自分がいることを感じられればそれでよい気がする。失敗は宇宙との交流である。
笹

透明老人

快晴ではないが暖かく、霞みがかった大気は視界を妨げ、どこかぼんやりとした夢の中の光景と相通じるところがある。そんな日だった、今日は。もうそろそろ渓流釣りができる、去年の3月から1年経ってしまったのだなあと思いながら釣竿の在り処を確かめる。ニュースになるような大事件はあれから何度もあったが私の身の回りにはさしたる変化はなさそうに見える。頭に白髪が少し増えたぐらいであり、歳を重ねておじいさんになって死ぬのかなあと当たり前だけど普段考えないことを考えたりする。

高台から漁港を見下ろす。船が見える、工事中のクレーンが見える、家や畑や墓が見える。現在当たり前にある風景も数年後には様変わりしているのかもしれない、廃墟や荒れた田畑も珍しくないし。将来に対する漠然とした不安は古いものが通用しなくなることに由来する、とすれば・・(考えてしまう)。

老人の感覚、感触のようなものが消えていく。
去年よりひとつ歳をとった私は少しだけ透明になっただろうか?
背負うカゴ

日御碕にて

島根の出雲大社はよく知られた場所だろう。その近く(車で20分位)に日御碕という灯台のある断崖絶壁、釣りをする私から見れば一級の磯がある。知ってはいたが昨日初めて行った。出雲大社から日御碕への断崖絶壁の道は当然舗装はされているがガードレールを越えれば海にダイブするというシチュエーションであり、露出した岩肌は妙な威圧感を持っており、恐怖はないが良い意味の畏れを感じキラキラ光るあちら側の海面は異界のように思われた。

冬の日本海というのは荒れ狂っており風も強い、まっすぐ立っていられないほどだ。崖の真下を見下ろすと波は砕け散り白の模様が群青色を背景として動的に生成し続けられていた。ひとつとて同じものはない。と同時にバシャーン、ザザザー、ゴゴーという激しい音、振動を体全体で感じる。言葉ではない、泣き声でも歓声でもないただの自然音は空気を伝わるバイブレーション、直接私の体を射抜く。おそらく私は喜んでいた、細胞が活性化され、目の奥から物事を見ようとし、体全体が鼓膜になっていた。

どんなに素晴らしく、夢のようなことが起ころうとも腹は減る。灯台と目と鼻の先には土産物屋兼食堂が数軒あった。正面にガラス戸が10枚位設えられ、どこから入ればよいのか分かり難い昔ながらの構えの店だった。おそらく夏になれば開放されるのだろう。古事記丼(海鮮丼)とカジメ汁(とろろの味噌汁)と漬物を食べた。うまかったが失業中の私に1400円は高かった。興奮冷めやらぬ内に入店したせいで、つい勢いで頼んでしまった。景気の良さというのはつまりこのことだ。景気の悪さというのはその反対だ。日頃のあれこれと規定された自分へのこだわりを捨て、なんでもない自分に還ることで大きなものとつながるようなその感じである。大船に乗ることができればよいのである。何を馬鹿なことをと専門家には怒られそうだが日経平均株価や為替相場、あるいは工学的なものの考え方ではない気がするがどうだろう。

食べ終えて勘定する。皺々の小さな婆さんは一見いじわるそうに見えたが意外にも澄んだ目をしていたことに驚いた。娘(おばさん)は口は達者だが料理は向いていなさそうだったから(間違いだったらゴメン)、婆さんの寿命がこの食堂の寿命であり(周辺には閉められた店も多かった)、本当の海を知る人が次第に減っていくことの象徴のようで、店を出て閑散とした道を歩きながら(2人の中年カップルのみ)、こんな辺鄙なところではしょうがないよなと車に乗りエンジンをかける(「恋するフォーチュンクッキー」が車内に流れている)。

日御碕の写真を数点掲載します(通常は文と写真は特に関係ありません)。
日御碕灯台

日御碕

日御碕2

自然はみんなの宝物

日御碕商店街