SNS元年

夏本番。
毎日のように海に足を運び、潜っている。久しぶりに海中を覗くと少し怖い。深場へ移動するとどこまでも続きそうな青色の中へ吸い込まれる。そうなってはまずいわけで(溺れます)幾分ドキドキハラハラしつつ深場を通り過ぎる。そしてまた魚群にも遭遇し(ボラの子)、そのうねる大群のウロコの輝きが妙に艶っぽく、固唾を呑んで見続けた。文字通り、水面下では生命がいつもうごめいているのだ。

ネット世界も水面下である(情報のゴミの山とも言われるが)。本当も嘘もない混ぜになって日々うごめいているではないか。この情報の海の中で群れに出会うこともあれば、誰も見向きもしないような者を偶然発見することもあるだろう。

このウェブサイトを立ち上げてから1年以上経つがアクセスはほぼ無し、だ(少数の見てくれている人たち!ありがとう)。そんなものだろうと思っている。だがこの虚空を引っ掻くような作業は思った以上にきつい・・・。

SNS。twitterやFacebookといったアレである。最近、遅ればせながら私もtwitter始めた。登録はしていたし、偶に眺めてもいたが自分でツイートしたりはしなかったし、する気がなかった。使い方も詳しくは知らなかったしブログをやるのと何が違うのかよくわからなかった。

どういう風の吹き回しか「はじめてのtwitter入門」といった体の本を購入し、見よう見まねでやってみた。何も難しいことはない。やってみて気付くのはその反応の良さである。”返ってくる”っていうそのことに衝撃を受けた。

2016年にもなってSNSに感激するとは思ってもみなかったことだ。それはちょうど目の前を通過する魚群にタッチしたみたいだ。しばらくはやってみようと思う。さらにもうひとつnoteというSNSも使い始めた。それはブログ形式でアップできるし、写真も30枚一度に送ることができる(クリエイター向け?)。となると、通常のウェブサイトの必要性はほとんどもうないのではないかと思ってしまうが、今のところやめる気はない。

*下方にSNSリンク設置しました。
トラクターの名残り

太陽とゲリラ豪雨

暑い
ギラリと輝く太陽が攻撃的で容赦なく、
”もう無理”と日陰に入ってしばし休憩
でも幸せだ
夏や南国がたまらなく好きなのだ
暑さは理屈を超える
揺らめく蜃気楼が主義主張に敗北を告げ
地面に落ちた黒い濃い影は欠落を知らせる
要するに限界を思い知る
そのとき
じっと見ている
太陽の下ジリジリと焦がされるものたちを

やまぬ焦燥感
このままでいいのか
これからどうなっていくのか
これまで間違ってなかったか
どこかの組織や団体に
身を売るように
委ねてしまいたいと思ったりもする
もうだめだって
喉元まで・・・

ぽつぽつぽつ
雨だ
高架下へ逃げ込む
雨宿り
とたん
激しく降る降る降る
ゲリラ豪雨だ
側溝に雨水が川のように流れる
風も強まり吹き込んでくる
ずっと続くわけじゃない
50m向こうに郵便配達屋さんも雨宿り
待つ
待つ
待つ
空が明るくなる
ギラリ太陽が顔をのぞかした
短い間だった
急激な変化だった
海辺

もうけ神社へ

鳥取県は鹿野町にそれはある。その名の通り縁起が良いはず(笑)。
もうけ神社1
本当は「茂宇気」神社。
もうけ神社2
鳥居から多少歩かねばならない。気温は30℃。
もうけ神社3
もうけ神社4
階段を上る道中にノートが置いてあり住所氏名願い事を書くようになっている。
もうけ神社5
さらにそこから仰ぎ見るほどの階段。段数は結構ある。
もうけ神社6
もうけ神社7
湧き水が出ているところがあり身を清め、さらに30段位上れば到着。わりと小ぶりな建造物です。ひと息入れて元来た場所へ戻る。
もうけ神社8
もうけ神社9
向かいに山が見える。いつか登ってみよう。おそらく鷲峰山。
もうけ神社10
偶然「もうけ神社」の看板を見つけ行ってみたが、その一見ふざけた名前とは違って十分に本格的なものだった。
今年は、今年こそはあなたも私も儲かりますように・・。

今日の米子の通りで起こった出来事

鳥取県は米子市の駅前を歩いていた。もう何年ぶりだろう。昔あった商店街はほぼシャッター街だ。古い看板だけが取り残されており往年を偲ばざるを得ない。それでも私にとっては永遠の大都会であり朧げな記憶を辿るように進む。小洒落たカフェや服屋もポツポツとある。圧倒的に足りないのは人だ。少数の人しか歩いていない。すれ違った人数は1桁だ、1時間歩き回って。東京に住んでいるときは人の多さにうんざりさせられもしたがここでは逆だ。

何故そのようなことが起こるのかと言えばメディアの影響だと思う。大手テレビ局、有名雑誌のその内容は端的に言えば”東京”だった。例えば美味しいとされるラーメン屋のラーメンを食べてグルメレポーターが舌鼓を打つのをテレビや雑誌で知ったところでそこへ行くことはできない、遠い東京都内での話だから。そのようなメディア体験は屈折した感情や劣等意識を植え付けたのかもしれない。そして私もその罠にかかった一人だったのではないかとふと思った。実際には地方の店で食べる方が美味しいものにありつける確率は高く、コスパも高いというのが私の実感である。

メディアは次元を変える。メディアに載らないものはこの世に存在しないも同然なのだ(メディアを通して現実が認知されるようになれば)。そして追い討ちをかけるように現実との直接体験というのは減少傾向なのではないか。もはや詩人は絶滅危惧種なのだ。

と嘆くのはまだ早い。

「すいません、すいません!」
歩行者専用の通りには私と彼女(約30才)しかいない。この蒸し暑い中、車椅子を手で漕いでいる。
「ちょっとあの角まで押して行ってぇな、右に曲がりたいだけど。」
えっ?て内心思ったけど断る理由もなく(暇!)快諾。
私は左肩にかけたカメラを落とさぬように気に掛けつつ押し進む。
「速いですか?」
「全然。マッハでええよ。」
「マッハ?」(笑)
ようやく角まで来て(約30m)左と右を間違えたりしながらも任務遂行。
「ありがと、ありがと。」
私たちは別れた。

束の間の出来事だったが、ほっこりと嬉しくなった。
思えば彼の国インドでは当たり前のようにあったことだ。偶然、出会い、ハプニング、それはメディアを差し挟まない現実との触れ合いか。
通り

夜の暗闇に響くのは

虫の音が聞こえる
夜汽車の音も聞こえる
没頭から醒めたら聞こえてくる音
見えてくる光景
あらゆる情報が渦を巻いているが
そこから醒めたらどうなることだろう
遠くにそれらを眺め
大きく息を吸う
フーって強く吐いたら
バラバラになって
塵芥になって
散った
すると
どこからか蚊が飛んできて
腕に止まった
ぴしゃりと叩いたら
潰れて血が出た
さっきまで憎らしかったのに
いまはかわいそう
そうか
これがリアルってものか
止まぬ虫の鳴き声の向こう側に
本当の歴史を思う
道路からの山

いろんなものがいろんなことを

もう6月も下旬。蒸し暑く、空気が動かないように感じられる。草は生い茂り勢いがある。

蜂が網戸に激突していた。
田んぼに鷺が何羽も突っ立っていた。
シャツの裾にてんとう虫が付いていた。
川に小魚の集団が流れに逆らっていた。
蛍がチカチカしていた。
赤や白や黄色の花が足元に咲いていた。

みんながんばっている。
竹林の小径

オバマ大統領の広島訪問と黒い雨ではなくフツーの雨に見る未来

広島原爆ドームを訪れたオバマ大統領の演説の日本語訳版を読んだ。優等生的な内容ではあったが大人だと思った。アメリカ大統領が広島まで足を運ぶということが歴史的に大きなものであったと評価してよいだろう。謝罪がなかったというが、やはりそれは難しいのではないか。
それよりも安倍首相の方に違和感を覚える。フクシマの記憶があるからである。もはや説明する気はないが、今回のヒロシマ加えてナガサキそしてフクシマの解決ってなんなのだろう。

今日は午後からずっと雨が降っている。雨に濡れて草木は艶やかだ。その光景にそれらの質実な未来が見える。午前中に訪れた小さな動物園の猿や亀は今どうしているだろう。猿も亀も天を仰いでいるとすれば、私も彼らとそんなに変わらないと思い嬉しくなった。私たちにも質実な未来が用意されているだろうか?
公園の猿

原爆ドームへ

広島。
原爆ドームへ行ってきた。オバマ大統領に先駆けて、ではないが初めて見に行った。いままで広島にほとんど行くことはなかったが、やはり足を運び生で見ると妙な言い方かもしれないが落ち着く。
3.11以降、ずっと気にはなっていたがなかなか来れなかった。それ以前はあまり興味はなかったが、「核」という共通項により忘れられたヒロシマナガサキが再び浮かび上がってきたのだ。

観光の外国人が多かった。半数近くいたのかもしれない。声が大きく表現豊かに見える、人目も気にしない。それが羨ましく懐かしい。いつの間にか私もフツーの日本人になってしまったのかなあと思った。
昼間はTシャツで間に合うほどの暑さで日差しも強かった。ヒロシマはかんかん照りでなければならないという勝手なイメージがある。きっとそれは8月6日の黙祷の記憶だろう。うだるような暑さの中にある静寂、そしてそのずっと奥にキノコ雲を見るような。
そうは言っても広島市は中国地方一の都市であり平和記念公園の周囲にはビルも建ち、車や路面電車がひっきりなしに往来している。

ちなみに広島風お好み焼きは美味くないと思っていたが、実はすごく美味しいことが判明した。おそらく運悪く不味いものに当たってしまったのだろう。昼と夜の両方、連続して食べた。
原爆ドーム
過ちは二度と繰り返しませぬから
千羽鶴
夜の原爆ドーム
平和記念公園猫

蛇の行方〜人手不足の昨今から振り返る〜

5月も半ばが過ぎ、一段と暑さを増し、Tシャツ姿で外出することもできるようになった。田んぼには水が張られ、田植えをする光景があちこちで見られた。近寄ると独特な泥の臭いがして、小学生だったころの記憶を刺激された。道端には1メートルを超える位の蛇が日向ぼっこをしているのを何度か目撃した。凶暴なイメージがあるがそそくさと逃げていく蛇に不憫を感じた。そのせいか道端に落ちている棒っきれを何度か蛇と見間違えた、蛇は化けるのである。

蛇に限らず思い込み、見間違いというのは結構あると思う。むしろ思い込みばかりで毎日を過ごしており、それが可笑しかったり辛かったりするのではないだろうか。蛇は神出鬼没であり、捕まえようとしても捕まえられない。

長引く不況、雇用環境の悪化、格差の拡大など、要するに経済はずっと振るわないそしてこれからも落ちていくだけだというイメージがあったが今や売り手市場、人手不足である。確かにハローワークにおける求人は数年前に比べて確実に増えている。また、求人情報を配布している会社へ面接に行ったところ、担当者は同じことを言っていた。今の状況がいつまで続くのかはわからない。もうすぐ選挙もある。できればアベノミクスの効果もあったと思いたい。原因は様々だろうが、少子高齢化(人口減少)の影響が大だとすると従来とは見え方が変わってくる。

失われた20年、当時20歳だった人は今は40歳であり、当時生まれた人は20歳である、当然である。政治も経済も学者も芸術家もこれまで何もしなかったわけではなく山積された問題に対応しようとしてきたが力及ばずにっちもさっちもいかなかったわけだが、人口減少というのが失われた20年に対する一つの解なのではないかと思うのである。それは誰かが提唱したわけではなく強制したわけでもない。あれこれ悩んだり不安を感じたりジタバタしたりしている間に無意識は答えを出したのである。不気味でもあるし、思いもよらないところからの応答に私は幾分興奮気味だ。世の中を憂いたり、未来を案じたりするよりもずっと現実的で的確だから。

考えてみれば人間は不要であるというメッセージを受信し続けてきたような気もする。人手不足はロボットで補うという構想もあるようだ。そんなことを思いながら道端に横たわった棒状の物体に問う。おまえは木枝か蛇か?

人だってわかったものではない。
広島そごう周辺

政治や経済ではなく

久しぶりのブログ更新だが、読んでくれている方々はお変わりないですか?
元気いっぱいでなくとも健康で毎日を過ごされていることを本当に望んでいます。

巷では様々なニュースや情報が飛び交っているが、それ自体にのめり込みすぎるとだんだんとイライラしてくる。対応の悪さ、進展のなさ、無力感を覚えたり、一喜一憂し、そしてただ1日が過ぎていくことに。
こちらでは今日もまた雨がしとしとと降っており、そのおかげか土手に生えた雑草や枝に葉をつけ始めた木が日に日に成長しているのがわかる。巷の情報空間から取り残されたこの場所この時間の中にも確実に何かが動いていてそれは音も立てず物も言わない。子供がいつの間にか大きくなるのと同じだ。そこに目標やコンセプトや企てはなく、隠れた意志のようなものがあるのか本人にもわからない。無意識や性欲とはこのことを指しているのだとすれば、巷の情報空間は意識ということになる。巷の情報空間はマスコミのものである。そしてまた、不本意かもしれないがマスコミは与党やスポンサーのコントロール下に置かれているようである。
安直に結論を出せば、社会という巨人の意識とは政府と経団連によって作り上げられている、ということになる。政治経済が最上位の関心事であることに異論はなく、日本だけでなく他国でも似たようなものだろう。当然マスコミはそこに疑問符を投げかけたり、暴走を阻止したりするという役割を担い、別の言い方をすれば社会という巨人の意識と無意識の間に存在する重要機関であるべきなのだ。
だが振り返ってみると、もともと私は政治や経済や社会に興味など無かった。最近ずっとそんなことを考えている。

私は自分が情報化されていくことにこそ戸惑ったのではないか?
その対処に困り、説明することすらできなかった。端から見ればいまいちよくわからない変な奴だったかもしれない。巨人の意識に呑み込まれまいと足掻けば足掻くほど笑いものになり、社会的弱者やいかがわしき者へと滑落せざるを得なかった。私は反社会的でもなければ、無政府主義者でもない、自堕落で破滅的でもない、そんなことは全然なかった、目上の人を一応は尊敬していたし、真面目に働き、人を騙すようなこともしてないつもりだ。しかし好きになったからといって相手も好きになってくれるとは限らない。私はいち情報と化し、常識人と犯罪者の二者択一を迫られるような、要するに非常識な善いこと(=愛情)が欠落していったのではないか。目に見えるものに異様なまでに重きを置くのではなく、見えないものを見ること、それは霊やお化けやUFOではなく情報化され難いものを察知する能力のことであり、情報化という抑圧や暴力に対処し得るのかもしれない。

情報化されるといったような話は難しく、なかなか説明や実例もどうひねり出せばよいのかわからないがこれからも書いていきたい。そうこうしているうちに雨は上がり、薄暗い空に細長いひょろひょろの雲が張り付いている。
つる草