むぎゅーって

陽は傾き始め道路や建物や草木や人や犬や猫、あらゆるものをその橙色、夕暮れ色に染め上げ始めた頃、車の中でふと思うことがあった。それは抱きしめられたいという欲求あるいは記憶のようなものだった。子どもの頃ーつまり80年代ということになるがーそういう大人はゴロゴロいた、いやほとんどそうだった、程度の差はあれど。包容力と言えばそうだが、わかるわかると言って論としての理解を示すのではなく、むぎゅーって感じだった。

もっと複雑だったのだ。そうではなくやっぱり国民は兵隊に過ぎないのだろうか。富国強兵政策の駒に過ぎないのだろうか。そうじゃなければ非国民、今の言葉で非常識、ってことになるのだろうか。そして私は弱虫なのだろうか。やはり国民の私と非国民の私が同居していると考えるのが妥当だと思う。いや間違い、前言撤回、抱きしめられてこそ難なく集団に属することができるのだ。

いろいろな事件が起こっているように見えるけれど、ただそれだけ、わりと単純な愛憎劇が展開されているようにも感じられる。本当は人間はいつまでたってもただのガキなのかもしれず、”成人”なんて本当は幻想でどこかの”星人”と変わりなく、つまり端から存在しないのではないか。しかし今いったい誰が子供や若者を抱きしめるのか。
花(俯瞰)

この得体の知れないもの

疲れてやる気が出ない
何に疲れたの?
わからない
わからない得体の知れないものに疲れた・・
これが時代だとか社会と呼ばれているもの・・なのかな
下校する小学生は元気に見えたな
何故かって?
知らないから
何を?
何だろうな
俺は大人になって何を知ったのだろう
とすればべつに背負う必要はない
ただのニュースにすぎないじゃないか
でもそれじゃ無責任じゃないか
俺は地球の裏側まで責任を持つべきか?
そりゃ持つべきだ宇宙の果てまで
しかし着いた頃には死ぬな
それじゃ近くから始めてみれば
そうそう、そういうこと
なのだけど気にかかって仕方ない
頭上の星の瞬きが
たぶんノイローゼだろうな
それじゃ心の中を覗けばいい
覗いてみても暗くてよく見えない
そりゃそうだよ
それを宇宙と呼ぶのだから
そして俺は地球であり日本列島だ
そうだ
俺は自分を経験しているだけだった
外にあるものは本当は内にあるものだった
俺は俺の興味しか見ていなかった
俺は俺に束縛され疎外されている
俺は俺に飽き飽きしている状態
喧嘩している状態
疲れたってそういうことなのかもな
言っておくが
俺は2人じゃない
俺は1人だ
俺は無数の俺に細切れにされた
不要な俺はポリ袋に詰められ捨てられちまった
俺は半身で暮らしている
というのは悪い夢だ
俺はトータルだ
全的な物体だ
存在と認識は一致していない
透明な俺もやはり俺だ
不透明な俺も俺だ
もうなんだっていいじゃないか
アレコレと考えることを止めたとき
ぽつねんと
俺はいた
辺りは薄暗かった
車のヘッドライトが眩しかった
遠くで家の明かりがぽつりぽつり
俺は超貴重な偶然の上に立たされながら
それとは気付かず
惨めさと劣等意識に浸り
しょーもない日々を送っている・・かも
深々と謝る
俺は何か得体の知れないものに
再び謝る
川の枯れ草

電子秘密基地建設中にひょっこり

まだまだ寒くはあるものの日中はよく晴れてずっと日差しが降り注いでいた。風も弱く春霞も出ておらず透き通った大気の中を眺めれば、あまりにもクリアでシャープに見えるせいで遠近感が少し狂ったように感じられて白昼夢を見ているような変な感じだった。

かわって最近話題の保育園問題は匿名ブログ(掲示板?)に端を発するわけだが、本来はマスコミの仕事ではないかと昼のワイドショーを視聴しながら思った。弱者の声を拾うのはマスコミではなくウェブだったということが興味深い。匿名だから言いたいことを言えるし(虚偽の可能性もあるが)、誰でも無料で書き込めるし。行儀の悪い文章だが気持ちは込もっていて、嘘をついているようには思えなかった。

やっぱネットかなあと思う。もともと私はそんなに好きではなかった。が、現実の方(オフライン)が過酷すぎて電子の世界へ逃げ込むように大移動が起きているのではないか。不穏な国際情勢の中、国内でも締め付けがきつくなることは予想がつくし一応納得もするが弱いところに負荷が集中しすぎているように感じるのだがどうだろう。
溝(大)

林を横切って振り返ったとき

墓の近くにある椿の花の赤色が妙に血生臭く見えて墓地と椿の木がセットなのは何か理由があるのか偶々の縁なのかが気になった。そういえば牛舎の近くに銀杏の木をよく見かけるのも何か理由があるのだろうか。もし知っている人がいたら教えて欲しい、結構本気で気になるから。

墓地を横切ってさらに進んで薄暗い細道をしばらく歩くと急にパッと視界が開けて道路に出た。なんだ、あっけなかったなと後ろを振り返る。そこで脈絡なく嫌いな人って何だろうとふと考える。答えが出た気がしたのだ。大体ふと思いつくときは答えを知っているはずなのだが、うまく言葉にはできず消化不良に終わることも多い。がしかし今回はそうではない。・・”親父嫌い”だ。こんな話は私の極個人的なことで申し訳ないが、親父嫌いな人と私はウマが合わないようだ。親父嫌いというレベルではなく怨恨といった方がよいか。私もべつに親父が好きなわけではないが絶対に許さぬことを誓うような水準では決してない。結局親父は嘘をつかざるを得ないのであり、その嘘が方便であるのかそれとも騙そうとしているのか、どちら側に解釈をするのかが要点ではないか。私は方便だと思うが、方便を方便と思わず本当だと思ってしまっている人もおり、もう何が何だかわからない。
切られた竹

絵になりそうな静かで中立な休日を過ごしつつ

風は弱く日差しもまた弱く、光は満遍なく辺りに届いて目に優しい色を放ち、農道ではたまに軽トラが走り去り、静かで落ち着いた休日。それなのに抑圧と差別と社会構造と暴力、右派と左派、分裂症などといった事柄が頭の中に浮かんでは消えを繰り返していた。俺はいったい何を考えているのだろうと思うし、でもそんなにシリアスでもないし、なんとなく細く長く気になり続けている。

私とは群像である、とすればその群をリードするためには少々手荒になることも考えられ、抑圧が起こることに特段不思議はない。ある目標に向かって群を向かわせるとき当然個々に向き不向きがありその中で順位が決まり、そこにランク(階級)ができあがるだろう。やがてそれは固定化され反動や暴動が起こるかもしれない。そしてそれらは群と群に分かれて争い続けるのだ、私の内部で。

健康ってなんだろう。正常ってなんだろう。群像である私の中の平和、ではないだろうか。
根っこ

豊岡へ行くも

今日は兵庫県豊岡まで行った。所要時間3時間。さすがに足と腰が固まって、痛くはないが凝ったようになった。到着するまでトンネルを何本くぐっただろう。トンネル事故、確か生き埋めになったあの事故が頭をかすめて嫌な気分になった。ハンドルを握れば事故は起こる、命を落とすかもしれない、誰かを傷つけるかもしれない、そう考えると足がすくむ。車を運転するには不慮の可能性を覚悟しなければならない、しかし実際には責任など取れるはずもない。車の運転ごときでいささか大袈裟だが、原発事故のことと変にリンクしてなんだかやるせなく、車と原発とを同列には語れないという結論を出す。
割と変化に富む風景を楽しみながら(実際、兵庫県日本海側は日本有数の景勝地といってよい)、道を間違えもしたが、スマホで地図を調べたりしてなんとか豊岡へ着いた。初めて来た。

映画『牡蠣工場』を鑑賞した。そのために遠く豊岡まで来たのだ。これはメジャーどころのものではないから鳥取県では上映しておらず最も近いところで豊岡だったのである。年季の入った映画館でチケット売り場のあるスペースは狭くレトロだったが、中は広かった。椅子用のコタツまであった。客は僕も含めて数えるほどだった。映画の内容はそのままで、牡蠣工場の日常が撮られたもので、人の差別意識や愛情が日常レベルで錯綜していることにリアリティーを感じ、そういえば人間は二者択一的なものではなかったよなあ、とそんなことも忘れがちになった今を思う。

生きていくことは差別することなのか、愛情を傾けることなのか。差別とは社会構造の人心への反映であり、それに抗うのが愛情ではないのかと自問しつつ帰路につく。
夕暮れロード

3.11〜原発は再稼働されているが〜

3.11。
今日は書くのを控える。
私は忘れていない。
ビッグコーン

ノーガード打たれっぱなし

ものすごい重圧を感じる。もっとしっかりしなければ、と気を引き締める。それはムチであり、自分を追い詰めていくだけだった。人を信じることができず、硬直し脆くなったこころは些細なことで傷付いた。
元を正せば重圧による。吹きっ晒しだから、である。身を守るもの守ってくれるもの、隠れ家、シェルターがない。よく死ななかったなあ、と思う。おそらく世間の空っ風、社会の波とうねりに呑み込まれ命を落とした者達は数知れないだろう(誰が責任取るのだ!)。こんなことを考えると自分が生きていることが罪悪のようでやるせなく、ただ生きてくれと祈るしかない(無力)。現実は甘くないのは承知だが、ただムチ打つだけの方法はそろそろもうやめにしてほしい。すくなくとも歯止めがなければ。それにあたるのが労働組合や野党といったカウンター組織だったし、文化もそうだろう。
ともかくなにかいいものが生まれる前兆であってほしい、やるべきことをやらねば・・。
コーン鳥瞰

実効性無き人情の

失われていく気がする
何が?
人の情のようなものが
無味乾燥ってこと?
形は親切で優しいけど
信じられないわけか
そう、裏腹だと思う
それは何故?
たとえば金
金?
いや金そのものじゃない
じゃあ何?
生きていくことへの執念
人を蹴落としてでもってこと?
うん
実際に何かあった?
取っ組み合いをしたわけではない
粛々と行われている感じ?
そう、ちょうどパソコンの裏側でいろいろ動いているみたいに
ディスプレイは愛想よく振舞っているがCPUは別のことを考えているっていう
でもそれは自分のことじゃないかって思う
自分がばらばらに空中分解していってると
つなぎとめるものが見当たらないのが本当の悩み
抑圧が強くなりすぎて
泣きわめくこともできない
窒息しそうになって
ある日突然・・なんてことにならないように
どうにかやっているけど・・
砂畑の花

ジャンピングバスに乗って

たまにガタンとはなるけれど、道路はほぼ均されたアスファルトが当たり前で、高級車に乗ればほぼその衝撃はないようだ(乗ったことないけど)。
例えばグァテマラという中米の国でバスに乗った時はひどかった。なぜかわからないが彼の地では地面が思いっきり盛り上がっているところがあり、それは一定間隔ではないが結構な頻度で(忘れるより先にもう一度くらいの)バスを激しく揺らし当然それに乗っている人は酷い目に合う。それは少し大げさではないかと言われれば確かにそうかもしれないが、まずバスの座席の間隔は狭く膝は前の座席にぴったりとついている状態であり、現地の人の言葉を借りればそのジャンピングバスがジャンプすると思いっきり膝を打つ。加えて長い長い飛行機の旅によって私は痔に悩まされていた。ジャンプするごとに膝と尻に痛みが走り本当に笑えなかった、そんな思い出がある。

生きている感じってそういうことだったのではないかと段差無くきれいに舗装された道路を車で走りながら思う。地面の凹凸を身体で感じ、思った通りにはいかない(思いはいつも均されている)ことが、それは結構ハードなことだったけれど、旅することにひとつの感触を与えてくれた。
グァテマラもそうだが、他の国インドやネパールや東南アジアへ行って何がそんなに良かったかと聞かれれば返答に詰まる。壮大な風景や人の親切心あるいはショッピングにしたって日本にないことはないから。日本ではどうしてもダメだった、無理だった理由がどこにあるのかは未だにはっきりと答えられないが、あのジャンピングバスがその答えのひとつだとは言える。
切られた木