鶏が卵を温めるように

もうひとつの国があるのじゃないかって考えた。ユートピアと言ったりあの世と言ったり他にも言い方はあるだろうが。ユートピアと言えば胡散臭く、あの世と言えば暗く自殺願望のようなものを感じる。しかし、そういうものに蓋をし続けてきた。なにも信じてはいけないという暗黙のルール。経済活動だけが信じられているという倒錯。
右派や左派といった話ではもうないのだ。国を見失ったのだ。ここで国とは中央政府と国民といった枠組みではなく、あらゆる生き物の住むところ、神話のような場所のことである。嘆くのでなく、落ち込むのでもなく、抵抗でもなく、こつこつと再建し、鶏が卵を温めるようにじっと見守りたい。繰り返すが、国とは政府のことではない。それは一人一人の心の中に存在すると思うのだ。
ギシギシ

ゆめ

日没の薄闇の中
星が光っていた
あらゆるものは今日一日の役割を終え
本来の自分にゆっくりと還ろうとしている
シルエットもその輪郭を失い
闇に溶けていく
真っ暗闇のなか
それがそれでありつづけると
どうしても思えない
日が昇ればまた
いつもの自分のまま
闇の中ではなににでもなれたのに
いつもの自分は
なんの価値もなくちっぽけだ
これがあれになることは許されず
決まりきった一日が始まる
人間も動物も植物も海も山も川も一緒くただったのに
なんの区別もなく
生命のエネルギーだけが脈打っていたのに
うそばかりついて今日も終わるのか
繰り返すのか
ゆるしがたい
白昼にあって見えないもの
それは夢
闇が放つ一条の光
ちっぽけなものだって
無限の彼方から背中を押され
生きている
生きている
ぼくは正直でいたい
ずっと正直でいたい
夕暮れの海

テロとファシズム

ファシズムとテロがくるくると頭の上を回っている。こんなことはなかった。考えたこともなく、興味もなかった。振り返ってみると、3.11以降に端を発しているのではないかと確信する。震災や原発によって炙り出されたのだ、この国の実像が。危機感は国民を二分した。助け合うか、切り捨てるか。3.11以前に既にあったとも言えるが、より明白となり、対岸の火事でもなくなった。
答は見つからず、一歩も動けない自分。テロもファシズムも嫌だから。もうやめたいって溜息をつく。
あ!そうか、やめればいいんだ。でも何を?
わからない。
わからないけれど、わかっている。
異国においての態度。
受け入れ難い、でも受け入れなければ旅はできない。
受け入れてしまえば、旅を見失う。
いつも私は一人だった。
壁と信号機

生活と記憶喪失

強大なものに占有されていくように感じられる。子供の頃遊んだ空地、海、山、川、記憶そのものさえも。ぐすんと胸で泣いた。
強大なものとは国や国際情勢、ではない。経済、と言った方が近い。
生活することは記憶すら奪われることなのか?
だとすれば、悲しい。生きる意味はあるのか。
海には赤潮が発生していた。血のように見えた。海にも血があるのだと思った。
窓枠ごしの海

あなたはあなたのために

夕暮れ時、海へ釣りに行く。ヒラメが釣れるのだ。何度も何度もルアー(疑似餌)を投げては糸を巻く。透き通った青い海の色は次第に沈んだ暗い色にゆっくり変化していく。ずっと続く白浜と大海、その中に浸りながら窮屈さで息の詰まるようなこの世のことを考えていた。
「もっと自分の為に生きてもいいじゃないか・・・」そんな言葉が頭の中で繰り返されていた。もっとわがままでいい。非常識が即、犯罪や悪事というわけではないのだから。人は自由意志で良いことをすることだっていくらでもあるのだ。他人の猜疑心を気に掛ける必要もない。十分に自分を生きている人だけが他人を理解することができるのだ。
西方の空は赤く染まっていた。海は黙して何も答えてくれない。足元でさざなみの音がずっと繰り返されていた。
はたけ

ハマダイコンも良いが

まだ夜が明けて間もないころ自転車で海に向かう。釣竿とバケツを載せた自転車は段差を通る度にガタゴトいい、静かな朝の唯一の騒音だ。海に沿うように幹線道路が走っており、そこを渡れば海の一端が見える。ハマダイコンの花が両脇に咲いており、歓迎されているような気分。ふと振り向くとつる草が道路の方へ伸び、朝日を浴びて黄金色に光っているのがわかった。数少ない車が猛スピードで通り過ぎると、つる草は大きく揺られた。妙に気になった。
浜大根

言葉の河

まだ少ないが、過去の記事を読み直すと自分はこんなに反社会的だったのかなと目を疑う。さらに大袈裟に言えば、テロリストが書いた文章のようにも見えてくるから不思議だ。個人の信条を巨大な国家が食うという図式があるとすれば、それに抵抗しているのかもしれない。それが直接に暴力的手段と結びついたとするなら・・と思うとゾッとする。一朝一夕で解決するような魔法の答えなど無く、ずっと付き合っていくことになるだろう。
言葉とはもともとどういう経緯でできたのだろう。言葉を僕の為だけの道具として使っているのではと思い、嫌だなあと溜息をもらす。「言葉 起源」でググってみた。いろいろな説が乱立しており、そのような議論自体が馬鹿馬鹿しいものであるとも。現在あるもののなかでは、詩や歌が起源に近いと思う。いや、そう思いたい。讃美歌のような響きが初めにあったと。嗚呼、と感嘆、それをどうにか伝えたいという思い。もしくは、死んでしまった者に対する憐憫の情。そういえばガンジス河では火葬もしていたし、夜は歌と踊りをやっていたなあ。
そういう思いで現在の言葉を鑑みれば、遠く隔たった地点まで来てしまったように思う。暴力の正当性を主張しているだけじゃないかって。下手糞で格好悪い舌足らずなラブレターを書き続けたいと思う。

日が昇る

戦前や敗戦直後生まれの人の反骨精神、反国家主義が好きだ。特別、学生運動や連合赤軍などといったものに興味があるわけではなく、そういうものはきっと肌に合わない、手荒なことは好きじゃない。反骨や反国家的な部分に人間関係(情)があったと思うからだ。権力側にもそれを見逃したり赦したりする度量があったのでは・・と推測する。間違いだろうか?
細々としたルールやマニュアルが横溢し、疎外感植え付けるような合理主義に平伏し、妙な差別意識を内部に宿らせる。これが現在だとしたら、いったい何が変わってしまったのだろう?また、それはどういう理由で?
いずれにせよ、僕は年長者のようにはできない。そんな時代ではない。好き嫌いでもない。

空を見上げる。雲ひとつ無い晴れた青い空。何がどう変わろうと僕は僕でしかない。大空から見下ろせばどうでもよいことだ。
今日は早起きをした。朝の光やざわめきはインドを思い出させた。路上から子供の声が聞こえたりしていた。誰かが誰かを呼ぶ声、リキシャ(人力タクシー)のベルの音、鳥のさえずり、あらゆるものが一斉に起きて嬉しい声。あの頃は意識せずとも日が昇る頃には起きていた。世界はキラキラと美しく、正しく、善いものだと理屈無く思えた、そんな日も度々あった。
もう一度、もう一度って、そう思って生きている。
朝の木