書く気合

暑くなった、本格的に。

ブログの更新が滞っている。原因は私の怠慢にほかならないわけだが、長文を書くだけの気合が湧いてこないのである。
一方、ツイッターのほうは毎日更新している。一言つぶやけばよいのでお手軽である。気合や体力は不要だ。
言葉を綴るというのは想像以上に心身に負荷がかかり、腸を絞りあげられる。溌剌とした表情の物書きは少ない。苦悶に歪んだ表情のほうが多い気がするがどうだろう。長年の間、欠かさずブログを更新しているブロガーはその内容がどうであれ無名であろうが尊敬に値する。実際にやってみてそう感じる。おそらくほとんどの人が行き詰まり投げ出してしまうだろう。

実のところブログ記事だって短文だ。短文には短文の良さがあるが長文を書けるようになりたい。もっと微妙なところを伝えられれば。
考えてみれば長文を読む機会は減る一方だ。よって書くこともままならないのは不思議ではない。また、めまぐるしく変わる世相を横目に長編小説に読みふけっているのもおかしいのかもしれない(ちなみに今日は都議選にて都民ファーストが自民に大勝したニュースが流れた)。

経済は好況(人手不足)。政治は共謀罪が成立。原発は風化し、技術方面ではAI(人工知能)。学んだのは所詮なるようにしかならないよ、という諦めか。
何が起ころうとそこにはいつも人間の等身大の生活が横たわっており、それは主義や理論ではない。
言葉はそういうところにあると思う。
体系化されておらずチグハグでどこか子供っぽいところもある。

やっぱ書かないとなあ、とこれを書きながら反省する。