線と差別

最近、幾何学的配置が気になる。こんな風に見えたことは今までなかった。世の中は”線”でできている。線とは一方と他方を分かつ境界である。境界が明瞭になればなるほど線の力強さは増し、勢いづく。その逆も然りである。
差別ではないか、少なくともその象徴をみているのではないか。線の強弱は差別の強弱だ。線も差別も物体ではない。それは構造や関係や相対的な何かである。それは分け隔てる仕組みである。アイディアである。
線の強さこそ近代の強さだった。それは人と人を分け隔てもしたし、人ひとりも分けた、自意識と無意識とに。昔はもっと貧弱な線だった。曖昧で滲み合っており、許しあっていた。弱くて貧しくてダサくて非科学的だったけど、幾何学的な冷たさとは無縁だった。
鳴り石の川