それでも外に出よう

テレビニュースや新聞を見れば激流のような毎日だ。近い将来、戦争になるのじゃないかという危惧の声が聞かれるのも特別素っ頓狂だとは思わない。何か妙な不安につきまとわれている気はする。よほどの鈍感でなければ感じているはずだ。しかしそれをうまく言い表す言葉を思いつけない。経済破綻か、全体主義か、集団自殺か、大量殺戮か、無縁社会か。安保や原発、テロや環境問題という大問題の影に隠れた目立たぬ些細なことに、時代の本質が埋め込まれているのかもしれぬ。

ウーウーと覆面パトカーがサイレンを鳴らして結構なスピードで走り去っていった。家から出てそれを眺めている老人がいた。サイレンが聞こえなくなると家に戻っていった。何事もなかったかのように元の状態に戻る。川が流れ、雪が河川敷に所々に残っている。川に架かった歩道橋をランドセルを背負った小学生が本を読みながらトボトボと渡っている。遠くに白と青の山が見える。

外を歩けば何も起こらなさに嫌気が差す。何も変わらない。不特定多数の1日として今日はカウントされるだろう。私は頭を掻く。ため息をつく。顔を上げる。白と青の山が見える。歩道橋には誰もいない。
入口の看板