きになるき

夏の暑さのせいか草木もぐったり、よくよく見ると葉が千切れたり欠けたり色褪せたりしているのがわかる。それでもまだまだ全体として緑はいたるところに繁茂しており、風になびく田んぼの稲たちを見るにつけなんだか私自身の身体を撫でられたような気分で幸福感というか子守唄を聞かされまどろんでいる赤ん坊のような面持ちになるのである。
そんな半分寝ボケた私の最近思うところはお金のことである。個人で稼ぐことができればなあと。実際、多くの勤め人が足元を見られていると感じているのではないだろうか。しかし驚くべきことはそれを甘受するばかりでなく積極的になることである。行き着く先は”忖度”だ。
人は国家目標や企業理念を墨守する存在であるよりも先に自然の一部分である。それは当人ですら気付けない誇りなのだ(たとえば大木に誇りや畏れを感じるように。付け加えるなら大木も元は小さかった)。
木になってほしい。
重量級の重荷を背負わされてもそれは可能だろうか。
独自のリズムは天に届くだろうか。
守るために国家を樹立し経済大国になったが(富国強兵)、いったい何を守りたかったのだろうか。
草の青っぽい匂いが風にのって記憶を刺激する、
コンクリートの川の傍にはびっしりと緑が揺れている、
空には雲ひとつない。